「って言ってもな……。」
頭の中で留めることの出来なかった私の優柔不断な呟きは薄い壁に吸い込まれて消えていった。
何気なくサイドテーブルの上にこれ見よがしに置かれていたせいで先程から視界にチラついていた”ゴム”に手を伸ばす。
奈緒が「そういえば…」と、誕生日プレゼントの話題を切り出したのは、いつもの通りいつものようになんの変哲もないセックスを終わらせて一息ついた時だった。
始める前に言われても落ち着かなかっただろうし、そのタイミングは私にとっては絶妙な筈だった。
しかし実際に見せられてみると動揺を隠しきれなかった。
何故かって、想像していたものと全然違ったから。
奈緒が持ってきたケースを何度見ても静留の姿と重ならないのだ。
でも噓をついているようにも思えない。なんだかモヤモヤする。だけど手詰まり。お手上げだ。
妙に広いベッドに体を横たえ、今しがた手に取った未開封のそれを天井にかざしてみる。
こんなもの、使ったことがない。
しかもご丁寧に二つ。静留としても、奈緒としても、何度やっても消費されることのないソレ。
そういえば大学の飲み会で、これの話題になって盛大に墓穴を掘ってしまったことがあった。
いま思い返しても悔やまれる、とんでもない失言だった。
何処で買うか、どのメーカーのものを買うか、そんな露骨な下の話にウンザリしているとこに話を振られて、咄嗟に「私は普段使わないからわからない」と正直に宣ってしまったのだ。
あの時はとっととその話を終わらせたい一心だったが、かなり危険な発言だった。
大学に入ってから、彼氏がいるのかと聞かれれば、いると答えていた。
そうでも言わないと言い寄ってくる者が後を断たないし、恋人すらいないと根本から噓をつき続けることに疲れていたのだ。
だから私が使わないと発言した時、誰しもが”ウワサの彼”とのソレを連想したに違いなかった。
後から聞かされた奈緒が目に涙を溜めて笑っていたっけな。
今となってはただの笑い話だが、その時はいっそありのままを打ち明けてしまおうかとすら考えた。
静留のことをどこぞの男に変換して会話に混ぜ込むことにうんざりしていたんだと思う。
大それたことを思いつくものだと、と自分自身に感心した程だ。
「不思議なものだな。」
”実は彼女がいる”と周囲に打ち明けることだって大変な勇気がいることだろう。
だけど、静留に奈緒とのことを打ち明けることと比べると、どうしても霞む。
むしろ大したことがないようにしか感じない。
先の影響を考えると後者よりも、大学でカミングアウトすることの方がよっぽど大事だと言うのに。
「……。」
今まで気付いてなかった事実に私自身、少し驚いている。
それ程までに静留のことが大事なんだな、なんて、まるで他人事のように思った。
「……いや、それだけじゃないのか。」
自嘲気味に笑って体を起こした。我ながらまた馬鹿げたことを考えていると呆れ果ててしまいそうだ。
静留にこんなこと、言える訳がない。
「殺されるかもな。」
呟いた言葉が薄い壁に拒絶されたような気がする。
なんて言って?どういう風に?静留は最後に泣いているのか、笑っているのか。
壁に染み込みそびれた言葉の残骸がベッドの上をぐるぐると渦巻いて、
一周する度にそんな馬鹿げた疑問が頭の中に浮かんでは消えていった。