静なつ奈緒、なつき視点です。
ずっと気になっていたことを口にした。
それは今まで何度も問おうとして、結局は飲み下されてきた質問。
今日は久々に外でご飯を食べようと舞衣のバイト先に足を運んだ。
前から今度行くと言っては機会を見逃していたのでこの店に来るのは初めてだった。
そして食事を終えて落ち着いたところで私は切り出したのだ。
元々こんな話がしたくてここに来た訳では無い。
本当に他意はなかった。
店内は程よい音量のBGMと様々な雑音で満ちていて、私達はその中に完全に埋没していた。
だからかもしれない。
今なら、ここでなら訊いても重苦しくなったりしない、と感じたのかもしれない。
「それ、どういう意味で言うてはるん?」
「どういうって……」
奈緒とは大学構内で会ったことにしてあるから辻褄合わせはもう必要ない。
そして退路もない。杞憂であることを願いながら静留に質問をし直した。
「どういうもなにも、そのままの意味だ。なんとなくあのプレゼントは静留らしくないと思って」
「そらそうやろ」
私の声を遮断するように、静留は低い声で確かにそう言った。
表情を変えないように会話を続ける以外、私に選択肢はない。
しかしその声色からはただならぬ何かを感じた。
「どういうことだ?」
「うちらしさやのうて結城はんらしさを考えた結果どすえ。確かに、うちもちょおやり過ぎてしもたけど」
恥ずかしそうに笑うと静留は店員に声を掛け、灰皿をと申し付けた。
すぐに灰皿は用意され私の前に置かれる。
「すまない」
「ええんよ。禁煙時間でもないんやから、遠慮せんと」
すまない。
こんな風にお前を疑ってしまって。
一つの言葉に二つの意味を持たせて、本人にも気付かれないうちに私は謝罪を済ませた。
「なぁ、なつき」
「なんだ?」
「なしてそないなこと聞くん?」
「……」
煙草に火を点けながら静留を見やる。
言葉は出ない。出せるワケがなかった。
ただ、銜えたフィルターのせいでこの沈黙は不自然ではないだろう。
最近つくづく思う、煙草は便利なものだと。
「なんとなく、かな。私は舞衣に言われるまであいつの誕生日なんてすっかり忘れていた」
嘘だ。
本当は事前にあれが欲しいこれが欲しいと言われていた。
「静留が奈緒に贈ったプレゼントを見て、気合いの入りように驚いて」
結局私があいつに贈ったものと言えば普段よりグレードの高いホテルの休憩時間だ。
こんなこと、言えるわけがない。
「だからかもしれない。その贈り物が少し大袈裟に見えて、ずっと引っかかっていたんだ」
何を言ってるんだ、私は。
指先に熱を感じて視線を落とすとフィルターの手前まで火種が迫っていた。
静留には気付かれないようにやんわりとそれを揉み消す。
「なつきが思てたより、うちにとって結城はんの誕生日が大きなイベントやったからへんねし起こしてはったん?」
「……」
嘘でも認めたくなかった。
だってこれを認めてしまえば静留は道化だろう。
なぜ私が静留と奈緒の関係に嫉妬しなければならない。
「否定、せんの」
「……あぁ」
「ふふ。かぁいらしいな、なつきは」
視線を合わせると静留は幸せそうに笑っていた。
少し身を乗り出して私の手に指を絡めてくる。
曖昧な笑みを浮かべてその行為を許すと、再び煙草を銜えた。
すると静留が待っていましたというように、空いていた方の手でライターを点けた。
「悪いな」
「一回やってみたかったんよ、これ」
「はは、そうか」
そう言って息を吸い込むと、先端の火がちりちりと音をたてて明るくなる。
きっと私の体は既に、嘘で穴だらけになった傀儡のようなものなんだろう。
それを煙草の煙でひた隠しにして、どうにか体裁を保っているだけ。
こいつを取り上げられてしまえばボロボロの肢体が姿を現し、遂に偽ることすらできなくなってしまうんだ。
「静留」
「なん?」
「……いいや、なんでもない」
私は一生喫煙者のままなんだろうな。
いっそのこと静留の点けた火が猛毒だったらよかったのに。
なんて、馬鹿げたことを考えながら煙を吐き出した。