なつきが(頭の中だけ)犬化する話です。まぁありがちな話ですね。
犬化ネタはジャンル変わると書きたくなるのでどうにも自重できませんでした。
とりあえず単発SSの方においておきます。
シリーズというほど長くは書かないと思いますので。
上下になるか、上中下になるかは気分次第ですね。
そして続きを書くかどうかも風まかせです。
夏休みが三週目に入ると補習も大体カタがついたのか、
なつきはいつも通り怠惰な朝を過ごすことが多くなった。というかもう昼だ。
ちなみに付き合い始めて初めての夏休みである。
夏祭りだとか花火だとかドライブだとか、行きたいところもしたいことも山ほどある。
だけど、彼女と過ごしているとその顔が拝めるだけで幸せだと、
結局どこかに行こうと言いそびれてしまうのが常であった。
「なつき、起き」
「……」
「 な つ き 」
「んー…………あと5」
「分は待ちまへん」
「時間」
「しばき回しますえ」
布団を無理矢理ひっぺがして体を抱き起こす。
正面から背中に手を回そうとすると無意識のうちに首に手を回された。
今のは完全に不意打ちである。
夢心地の彼女にしてやられたかと思うと嬉しいような悔しいような微妙な気持ちだ。
少しでもなつきの気を惹けそうな番組があればと、藁をも縋る気持ちでテレビのリモコンに手を伸ばす。
電源ボタンを押すとひと呼吸置いてテレビはついた。そう、ついた。
「なん……?」
真っ暗な画面、右上にはビデオ1と表示されている。
昨晩、一緒に観たチャンネルのままだと思っていたので少々面食らってしまった。
そうか、つまりなつきはゲームをやっていたのだ。
私が寝たあと。おそらくこっそりと。
起きたらお説教やな、と呟きながらリモコンを操作し、チャンネルを回す。
音が消音の設定になっていた。随分と用心深いことで。
こういうことをするなら後始末までキチンとして欲しい。
座ったまま眠っている彼女を見やって、浮気ができるタイプではなさそうだとため息をついた。
「こないなとこをかぁいらし思てまう、うちもうちなんやろね」
そろそろ一周してしまいそうなチャンネルを回しながらぼやいた。
もう一度ボタンを押してしまえば二周目に突入してしまう。
それまで特にめぼしい番組は無かったため、最後のチャンネルのCMが明けるのを待った。
「なつき、ほら。そないにしてはるとお昼ご飯食べそびれますえ?」
「それも悪くないな……」
「あきまへん」
テレビに視線を戻すと、催眠術の特集が流れていた。
呆れたようにため息をつき番組表ボタンを押してみると、
心霊写真だのUMAだのオカルト的な超常現象の特番が組まれていた。
こんなのがあと六時間も放送されるらしい。
夏休みだからといって明るい内からこんな内容を放送しなくてもいいだろうに。
テレビの向こう側では五円玉をぶら下げた紐を揺らす自称凄腕催眠術師が
耳に覚えのあるフレーズを呪文のように唱えている。
あなたはだんだん眠くなる、と。
「……はっ」
たっぷり五分は見ていただろう。
催眠術の一部始終に魅入ってしまっていた。
特に目新しい感じはしなかったが、確かにこんなことを実践できたら面白そうだなと空想する。
番組は催眠状態になりやすい人とそうでない人がいる、と半分種明かしのような話に発展していた。
素直で、これと決めたら一直線な人、さらに術者が信頼されている場合は効果が得られやすい、らしい。
「……」
ここまで言われて試さない藤乃静留は藤乃静留ではない。
少し意味がわからないかもしれないが、これはつまり、
あんな風にまるでなつきの話をしているのかと錯覚するくらいに
術にかかりやすい人の特徴をあげられて黙っていられる訳が無いと、
そういうことだ。
夏休み中盤の暇を持て余したこんな昼下がりじゃなかったとしても、
病める時も健やかなる時も自分はきっと試そうとしたに違いない。
惰眠を貪るなつきをなんとかベッドに座らせ、倒れないように少しだけ意識を覚醒させた。
先ほどの問いかけが功を奏したのか、ぺちぺちと頬を叩きながら名前を呼びかけただけだが。
そして対面に立ち、即席で作った道具をぶら下げて再び話しかける。
「なつき。あんたは目が覚めると……」
素直になる、というのはどうだろうか。
悪くない案だ。しかし術を解いたときになんて罵られるだろう。
もしかしたら嫌われてしまうかもしれない。
本人が言うまいとしている本音を無理に引き出すのはタブーだ。
相手がなつきのような子なら尚更だろう。だからこそ気になりもするが、ここは我慢だ。
「犬になるー」
咄嗟に出た言葉だとしても酷いと思った。
でもコレ以外思いつかなかったのだ。
ただ無邪気にわんと言ってるなつきが見たかった。
これくらいは許される、気がする。
何度かその言葉を繰り返しながらなつきの表情を伺うと彼女は随分と不機嫌そうで、
瞳だけが五円玉の行方を追っていた。
「うちからキスするとそのときに元に戻ります」
「……」
「ほな、3つ数えると目が覚めます。いち、に、さん」
言い終わると同時に軽く手を叩いてみる。
全てが見よう見まねだ。
だから手を叩いた瞬間、はっと顔をあげるなつきを見て私も驚いた。
「な、なつき……?」
「……」
ぼーっとしている。どこか遠くを見つめるような視線に少し鳥肌が立った。
いくら寝起きとは言え、こんな仕草、普段のなつきなら絶対にしない。
いや、遠くを見ることくらい誰だってあるだろう。
ただ、こんな風に首を傾げたりはしない。
表情もよく見るといつもと違う気がする。
パンドラの箱に手を掛けているようなそんな錯覚に陥りそうになる。
そう、それは錯覚なのだ。だってもう術はかけてしまっているのだから。
万が一本当にそんなことがあったら、もう既に手遅れだ。
私は意を決してなつきを呼んだ。
「……なつき」
「?」
まだだ、まだ分からない。
なつきが言葉を発するそのときまでは。
両手を広げて、普段なら絶対にスルーされるであろうハグを求めながら次の手を打った。
「おいでやすー」
「わぁふ!」
「ほわー?!」
ベッドに座った状態から放たれたタックルの威力は伊達じゃない。
私はなつきを支えきれずに尻餅をついた。
強かにぶつけた尻をさすってはいたが、痛みだとか騒音だとかそんなことは正直どうでもよかった。
「……今、わふって、言わはりました?」
「……」
「ちょお!どこの匂い嗅いではるん!?めっ!」
「……」
「あかん!あきまへん!!」
まずこれだけははっきりした。なつきは完全に犬になりきっている。
演技でこんなことできるほど彼女は器用ではない、本当に催眠術が効いてしまったのだろう。
そしてなつきは私の上に乗り、首だの胸元だのの匂いを嗅いでいる。
こんなことされたのは初めてだ。
性的な意味でなつきが上になることはままあったが、こんなにわかりやすく求められたことは一度だってない。
嬉しいか嬉しくないかで聞かれると、嬉しいメーターが振り切れて故障するくらい嬉しい。
「なつき、わんこになってもうたん?」
「あおーん!」
「遠吠えは禁止どす!!」
慌てて口を抑えて塞ぎながら叱りつける。
こちらの言葉が通じているのかいないのか微妙なところだが、
ここは通じている方にかけてコミュニケーションをとるしかない。
上に乗っているなつきを退かしながら私は話しかけた。
「なつき、今からご飯たべましょな?わかる?ご飯どすえ」
「もふっ」
「くっ……!!」
もふってなんなん、もふって。と、あまりの可愛さに身悶えしながらキッチンへ向かう。
なつき犬はというと、付けっぱなしになっていたテレビに釘付けである。
耳と尻尾を与えたい。是非与えたい。
きっと今はご機嫌でテレビを観ているところなのだ。
ぱたぱたと尻尾を振って耳を立ててそれはもう楽しそうに。
愛くるしいなつきのお陰で十分程度で済ます予定の調理に倍の
時間がかかってしまった。
だって仕方が無いだろう、あんなに可愛いなつきがそこに。
「……あれ?」
いない。ついさっきまでテレビを観ていたのに。
どこに行ってしまったのだろ
「あふっ」
「……こんにちはぁ」
つい挨拶をしてしまった。
なつきはキッチンの入り口で体育座りをしていた。まさに灯台下暗し。
作業の邪魔をしないようにという彼女なりの配慮なのだろうか。
あまりのいじらしさに腰が砕けそうだ。
「ほな、一緒に食べましょな」
「ぁぅ!」
やっと思いで準備した食事をひっくり返しそうになりながらなんとか平静を装った。
私の後ろをとてとてとぴったりとくっついて歩いている気配がする。
なぜ自分からキスをしたら目が醒めるだなんて暗示をかけてしまったのだろう。
せっかくなら指を鳴らしたらとか、○○と言ったらとか、そういうものにすればよかった。
なんて、傍から見たらこの上なくくだらない後悔をしながらテーブルについた。