玖我がステージに向かう途中、客席が少しざわついた。
あんな態度をとったものの、自分のことのように思えて少し汗をかいてきた。
ステージに辿りついて、数分後。
打ち合わせが終わったのかそれぞれが持ち場についた。
始まるまでにモタついていたせいか、それともステージに立っているのが
(こんな言い方するのも癪だけど)綺麗な女子高生だからか、飲食の片手間という
雰囲気は一変して、ライブのような空気が流れていた。
「……」
いまだ客席に背を向けたまま俯いている玖我がさすがに心配になってきた。
緊張のし過ぎで気分でも悪くなったんだろうか。
心配する気持ちを誤摩化すようにジュースに手をつけた瞬間、玖我が振り返る。
その表情には迷いも怯えも余裕もなかった。
何かが吹っ切れたようだと、ひとまず安堵して口をつけることなくコップをテーブルの上に戻した。
「あたし、アブリルで知ってる曲って少ないんだけど…あんたは?」
「うちはなつきが聴いてはるの横で聴いとるから多少はわかりますえ」
「なるほどね」
どこかから頑張れという激励の言葉が飛ぶ。
みんな酔っているのだろう、その言葉に続いてまだ歌ってすらいないのにかっこいい!という声が響いた。
玖我は声のした方を向きながら苦笑する。
あぁ、なんか今すごいイラっとした。
以前、藤乃達が天然たらしがどうとか喧嘩していたことを不意に思い出す。
あのときはどっちもどっちだと思ったけど、なんだか今更になって玖我の方が悪い気がしてきた。
ベースのノブさんがハットを被ったドラマーに合図を出すと曲は始まった。
ミディアムテンポのノリやすいロック。
各楽器の音数は少なく、そのためボーカルの、玖我の声がやたらと強調される曲だった。
ヘタレてまともに声が出ないんじゃ?とも心配したがどうやら杞憂だったようだ。
玖我は立派に歌いこなしていた。
どこかで聴いたことがあると思ったら、これは前にカラオケで玖我が歌っていた曲だ。
曲名はなんだっけ。そう、Rock N Roll。
「はは……やるじゃん、玖我」
「やのうて?」
「はいはい、なつき」
カラオケと同じように歌ったのでは声は通らない。
スピーカーで音を調整すればいいカラオケと違って、ここじゃ生演奏が相手だ。
ギターやベース等の音は調整できてもドラムは生音。
必要とされる声量がまるで違うのはハナからわかりきっていた。
スタジオとも音の響き方が違うだろう。
今ならわかる、ほんの些細なことのように思えるかもしれないけど、
その音の響き方の違いはあたし達の精神に大きく作用する。
だけど玖我の声量はバックの演奏に負けること無く響いていた。
スタンドからマイクは外さずに歌う姿はまさにロックンローラーだった。
多分だけど、きっと何か掴んでいるものが欲しいんだと思う。
普段はギターを弾きながら歌ってるから、片手が空いても手持ち無沙汰になるだけだろう。
身振り手振り、ボーカルらしくかっこよく歌うというのは意外と難しいものなのだ。
「しょうがなくマイクスタンド使ってるんだろうけどさ」
「うん?」
「様になってるのがまたムカつくわね」
「そやね。惚れ直したわ」
「ご馳走様」
ノブさんがベースから手を離して、頭の上で手を叩いている。
客席に手拍子を求めているようだ。
あたし達は素直にそれに従った。
- Some some how
- It’s a little different when
原曲で2拍目と4拍目に鳴るハンドクラップはそのまま観客の手拍子。
今日一番の一体感を感じる。
タイミングを間違えるなんてヘマをする人はこの場には一人もいない。
皆平均以上のリズム感を持ち合わせているようだ。
どことなく余裕がなかった表情もサビ前には完全に吹っ切れていた。
サビ直前、ドラムのフィルインが終わるとすぐにボーカルだけが食って入る。
- When it's you and me
そしてサビの1拍目に楽器隊が入ってきて爆発的に盛り上がる。
玖我は少しだけ笑っていた。
とても楽しそうな表情をして。
私もステージ上であんな表情ができるだろうか。
- What if you and I
- Just put up a middle finger to the sky
- Let them know that we're still rock n roll
歌いながら玖我は天井に向かって中指を突き立てた。
どうした玖我、と突っ込みたくなったのは一瞬、
盛り上がるオーディエンスに飲まれてあたしもハイになる。
やっぱあんたのボーカルは荷が重いって悩み、杞憂だったわね。
あたしは心の底から確信した。
今まではどれだけあたし達が言い聞かせても聞く耳を持たなかった。
だけど今回はどうだろう。
全てがあんたの実力とは言わないけど、客席がこんなに沸いている。
その中心は他でもない、あんたの歌なのよ。
- Rock n roll
- Hey hey hey
「なつき、楽しそうやね」
「うん。もう、自信が無いだなんて言わせないわよ」
「そやなぁ。なつきのヘタレにはうちらも散々手ぇ焼かされたさかい。ただ……」
「ん?」
「もう、自信が無いやなんて言わへん気ぃもしますけどな」
「はは、そうかも」
あたしと藤乃は同じような目をして玖我を見つめた。
早く帰ってきなよ。
褒めてやらないでもないから。